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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)5283号 判決

原告 高橋元清

右訴訟代理人弁護士 柴山圭二

同 舘野完

被告 村木藤三

右訴訟代理人弁護士 金野繁

右訴訟復代理人弁護士 金野和子

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は原告に対し、金四一〇万円及びこれに対する昭和五〇年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分にかぎり、原告において金六〇万円の担保を供したときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告は原告に対し、金三二〇万円及びこれに対する昭和四八年七月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (予備的請求)

主文第二項と同旨

3  主文第三項と同旨

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

1  (売買の成立と代金等の支払)

(1)  原告は、昭和四七年一〇月一七日、被告から別紙物件目録(一)記載の土地(以下「(一)の山林」という。)を代金三八〇万円で買い受け、同日、被告に右代金を支払った。

(2)  原告は、同年一一月三日、被告から同目録(二)記載の土地(以下「(二)の山林」という。)を代金二〇〇万円で買い受け、同日、被告に手付金三〇万円を支払った。

2  (瑕疵担保責任)

(1)  前記各売買は、面積を(一)の山林については三町八反、(二)の山林については二町歩と指示し、代金を一町歩あたり一〇〇万円と定めて総額が算出された数量指示売買である。

(2)  原告はその後、(一)の山林の実測面積が八反六畝二九歩しかなく、二町九反以上も不足していること、及び(二)の山林の実測面積が五反五畝二歩しかなく、しかもその境界が不明確であることを知った。(二)の山林について、売買の際に右事実がわかっておれば、原告はこれを買い受けなかった。

(3)  原告は、昭和四八年七月二四日被告に送達された本件訴状により、(一)の山林については、不足面積分として二九〇万円の代金減額を請求し、(二)の山林については、売買契約を解除する旨の意思表示をした。

3  (錯誤による売買の無効)

仮に本件各売買が数量指示売買でないとしても、原告は、宅地建物取引業者である被告から、(一)の山林の実測面積は三町八反余り、(二)の山林のそれは約二町歩余りあるとの説明を受け、これを信用して、売買代金を一町歩あたり一〇〇万円とし、その総額を前述のとおり約定した。ところが実測面積は、前述のとおり(一)の山林が八反六畝二九歩、(二)の山林が五反五畝二歩であって、原告の各買受けの意思表示には要素の錯誤があったから、本件各売買は無効である。

4  (請求)

よって原告は被告に対し、

(1)  主位的に、数量指示売買の瑕疵担保を原因として、(一)の山林の支払ずみ代金のうち減額分二九〇万円と、(二)の山林の支払ずみ手付金三〇万円との合計三二〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四八年七月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、

(2)  予備的に、錯誤による売買の無効を原因として、(一)の山林の支払ずみ代金三八〇万円と、(二)の山林の支払ずみ手付金三〇万円との合計四一〇万円及びこれに対する予備的請求を記載した準備書面送達の翌日である昭和五〇年二月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求の原因に対する認否

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2の(1)の事実は否認し、(2)の事実は不知。

3 同3の主張は争う。

4 同4(2)の準備書面送達の翌日が主張のとおりであることは認める。

三 抗弁

仮に原告に錯誤があったとしても、山林の場合には公簿面積と実測面積が著しく異り、面積に重点をおいて取引するのであれば実測をして取引をするのが常識であるのに、これをしなかった原告には重大な過失がある。

四 抗弁に対する認否

争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求の原因一の各事実(本件各売買の成立及び代金ないし手付金支払の事実)は当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によると、(一)の山林の売買の話は、被告が訴外宇羽野壮一に対し反当り一〇万円で売りたいと述べ、同人が被告に対し買い手として原告を紹介したことから始められたこと、被告方を訪ねた原告に対し、被告は売地として附近の土地多数を紹介し、(一)の山林については、その代金を、一町歩あたり一〇〇万円であり、面積が三町八反七畝であるから、代金総額は三八七万円となると説明したこと、原告は、被告が宅地建物取引業者であり、被告から現地にも案内され、かつ宇羽野壮一から交付を受けていた山林原野図にも(一)の山林の面積が三町八反七畝三歩と記載されていたので、面積に関する被告の右説明を信用したこと、原告は、代金の交渉を単価によって行わず、総額において三〇〇万円とするよう交渉したが、被告は七万円の値引に応じたのみで、結局三八〇万円と定められたこと、売買契約書には、売買物件の表示として(一)の山林の登記簿上の所在、地番、地目、面積が記載されている(ただし、被告所持の契約書には面積の記載がない。)が、右面積は、被告の説明した前記面積とは若干異るものであること、次いで隣接する六四番の一、山林一五、六五七平方メートル(公簿面積)のうち(二)の山林の部分も売買されることになり、現地を一瞥した程度の目測による(一)の山林の面積との比較から、原被告双方において(二)の山林の面積を約二町歩と想定し、(一)の山林と同一の単価により代金を二〇〇万円と定めたこと、売買契約書上も、(二)の山林の面積は、単に「約二町歩」と正確を欠く記載がなされ、添付された図面も、本判決末尾添付図面と同様に、地形を正確には反映していない概略図であって、もとより距離の記載もないこと、両土地ともに実測をしないで売買契約が結ばれ、原告と被告は、代金算定の標準とした面積と実測面積との間に多少の増減があっても不服を申し述べないことを互に了承していたこと、以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

しかしながら、以上のような事実関係のもとにおいては、本件各売買契約は、代金の決定にあたり、(一)あるいは(二)の山林をそれぞれ全体として評価する手段として、前認定のような面積を一応の標準とし、これに一町歩あたり一〇〇万円という単価を乗じて算出する方法がとられたというにとどまり、当事者において本件各土地が実際に有する数量を確保するために、売主である被告が一定の面積のあることを本件各売買契約において表示したとまではすることができないから、本件各売買をもって数量指示売買であるとすることはできない。他にこの判断を覆えして、数量指示売買の事実を認めさせるに足りる証拠はない。

したがって、本件各売買が数量指示売買であることを前提とする原告の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、右前提を欠く点においてすでに失当たるを免れない。

二  次に錯誤による売買の無効の主張について判断する。

本件各売買契約の締結に際して、原告が、多少の増減のあることは予想していたにしても、(一)の山林は三町八反七畝前後、(二)の山林は約二町歩の実測面積があるものと信じ、原告、被告双方が、右の面積を一応の標準とし、これに一町歩あたり一〇〇万円という単価を乗じて得た額を基礎として代金を定めたことは、さきに説示したところから明らかである。そして、≪証拠省略≫によると、(一)の山林の実測面積は八、六二五・七三平方メートル(八反六畝二九歩)、(二)の山林は五、四六一・一三平方メートル(五反五畝二歩)であり、原告はこの事実を本件各売買の成立後に知ったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

すると、原告において、実際にあるものと信じ、かつ代金算定の標準ともした面積に比して、実測面積は(一)の山林が四分の一弱、(二)の山林が四分の一強にすぎなかったことになり、原告の本件各買受けの意思表示には、右の点において表示された動機の錯誤があったものというべく、かつ右の錯誤は要素の錯誤にあたると解するのが相当である。

被告は、山林の売買であるのに実測をしなかった原告には重大な過失があると主張するけれども、山林の売買において実測しなかったからといって、直ちに前認定の程度の面積の錯誤につき重大な過失があるとする被告の見解にはにわかに賛成できないし、前認定の諸事情を考慮すると、≪証拠省略≫によっても、前記錯誤につき原告に重大な過失があると認めるに足りず、他に右重大な過失を認めるに足りる証拠はない。

そうだとすると、本件各売買契約は、原告の各買受けの意思表示が要素に錯誤のある無効のものであるため、その効力を生じないから、被告は原告に対し、(一)の山林の代金として受領した三八〇万円と、(二)の山林の手付金として受領した三〇万円との合計四二〇万円を返還すべき義務があり、被告に対し右四二〇万円及びこれに対する請求を記載した準備書面送達の翌日であること当事者間に争いのない昭和五〇年二月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の予備的請求は理由がある。

四  よって、原告の主位的請求を棄却して、予備的請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平田浩)

〈以下省略〉

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